小島秀夫という人物を知ったきっかけと,メタルギアソリッドという物語について

今週のお題「ゲームと私」

 中学時代,とある友人に「お前は今日から監督ね」といきなり言われた。なんじゃそりゃと詳しく聞き返すと,とあるテレビゲームの製作者が「監督」と呼ばれており,お前は「監督」に似ているからだ,とそういうことらしい。当時の自分は前髪を左右に分けていて,眼鏡をかけていたというだけなんだけれども。そんな中学生活のいちシーンで小島秀夫というゲームクリエーターを知った。たぶんこれがなければ,こんなにこの人のゲーム作品に傾倒することはなかったと思う。
当時の小島監督はこちら。確かに似てるといえば似てる。このころの小島監督はまだクリエーターと言う感じ。
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結局中学時代の自分はテレビゲームに理解のない両親のおかげで,小島秀夫のゲームで遊ぶことはなかった。ただ,メタルギアソリッド2の体験版をゲーム屋でよくやっていたのを覚えている。

 実際に彼の作品に手を出したのは大学に入ってから。2005年ごろに初めて据え置き型のコンシューマーゲームを手にした。あの時バイト代が十数万入ったので,17型テレビデオと同時に購入したはず。最初にやった作品がゲーム屋で何度も遊んでいたメタルギアソリッド2だった。
正直なところ,初めてエンディングを迎えたときはよく分からないストーリーだと感じた。と言うよりも覚えていないといったほうが正しい。初回プレイがこんなに印象のないものだったんだなと,今思うと不思議な感じがする。ただ,隠れて進むというゲーム性に惹かれ初代メタルギアソリッドも購入。そして,メタルギアソリッドをやった後,メタルギアソリッド2をやり直して感じたこと。
 これを作った人はすごい。すごいとしか言えないだけの,それだけのインパクトがあった。すでにやったゲームをやり直して衝撃を感じるという不思議な感覚。

 PS版メタルギアソリッドでは,主人公のスネークは単独核弾頭廃棄所に潜入する。そのなかで人質を助け,核発射をもくろむ元特殊部隊と戦っていくという物語。この物語の中で,主人公は自分の出生の秘密を暴露される。自分がかつて殺した元上官のクローンであるという事実に。色々な陰謀が絡み合い,結果スネークは核発射を防ぎ,ともに戦った女兵士と脱出する。

 一方メタルギアソリッド2では主人公は若い新人兵士になる。主人公の雷電は単独海上プラントに潜入する。そのなかで人質を助け,核発射をもくろむ元特殊部隊と戦っていくという物語。この物語の中で,雷電は自分の出生の秘密を暴露される。色々な陰謀が絡み合い,結果雷電は核発射を防ぎ,ともに戦うことになったスネークと脱出する。

 同じ話なんですよ,これが。同じストーリーを別の主人公が歩む話。メタルギアソリッド2では,そのからくりが雷電自身にも最後示される。何故スネークと同じ物語を雷電は背負わされたのか。
 海上プラントは世の中を統制する高度情報システム(G.W.)の性能を確かめるための実験場だった。ある極限の状況下で,人間を操ることの出来るシステムの生成のための巨大な実験。実際に雷電は思うが侭に操られ,人質を助けようとし,核の発射を防ごうとし,それに成功する。そんなシステムに操られた状況がエンディングまで続くのだ。その中で雷電は悩む。果たして自分というものが何なのか,そして自分の彼女の実存すらも疑ってしまう。

 ただ,果たしてシステムに操られていたのは雷電なのか。いや雷電は実際に操られていたけれど,彼を操っていたのはまさしくゲームをするプレイヤーではないか。しかも,プレイヤーはまんまと雷電の上官である人物(実際には単なるAIに過ぎなかった)の指示に従い,人質を助けようとし,核発射をもくろむ元特殊部隊を倒そうとする。つまるところ俺らプレイヤーだって操られていたじゃないかと。主体的に指を動かし,映像に心を動かされ,登場人物の死に涙する。それらだって結局,このゲームと言うデジタル情報に操られていたことではないのか。

 メタルギアソリッド2では,最初に自分の胸のドッグタグ(兵士が胸にかけるもの)の名前を入力させる。それは,ストーリーの中では全く出てこないもの。しかし,無事脱出した後,スネークが雷電に向かって声をかける。

「(ドッグタグを見ながら)その胸にあるのは?」
「知っている名前か?」

 雷電の答えはこうだ。
「いや,知らない名前だ」

 AIに操られていた雷電が,スネークと出会い,エンディングで以前の名を知らないという。
 果たして自分というものが何なのか
 それを悩み,スネークと語った後に雷電が紡ぎだす言葉。ここで雷電は自分と言うものを取り戻すことになる。

 しかしデモシーンで記入されている文字は,かつてこのゲームを始める際に自分が書いた名前。この時点で僕らプレイヤーはまさしく雷電という役割から開放され,なおかつ今までの自分ではない自分に気づくのだ。そしてその後のエンディングのスネークの言葉が以前ブログで書いたこの台詞。



「人の人生は――
子供たちに遺伝情報を伝えるだけじゃない
人は遺伝子では伝達できないものを伝えることができる
言葉や文字や音楽や映像を通して
見たもの 聞いたもの
感じたこと・・・
・・・怒り 悲しみ 喜び・・・
・・・俺はそれを伝える
伝えるために生きる
俺達は伝えなければならない
俺達の愚かで 切ない歴史を
それらを伝えるために
デジタルという魔法がある
人間が滅びようと
次の種がこの地球に生まれようと――
この星が滅びようと・・・
・・・生命(いのち)の残り香を後世に伝える必要がある
未来を創ることと
過去を語り伝えることは同じなんだ」

スネークはプレイヤーを開放する鍵であり,語り部であり,主人公なのだ。

 メタルギアソリッド2はシリーズのほかの作品の中では評判がよくないほうにあたる。特に販売したてのころは,主人公がスネークではないことや,説教くさいエンディング,分かりにくいストーリーと散々だったらしい。当時の小島監督のコメントを確認してみると
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やはり,主人公が雷電であることを釈明してる。けど,この物語のテーマ“デジタル”でどう,何を残していくのかというものであり,それをスネークに語らせるためにはやはり新人の雷電でなくてはならなかったと思う。というわけで,メタルギアソリッド2がつまらないという人はもう一度PS版の初代メタルギアソリッドから始めてみましょう。

 ま,そんな感じで一応今週のお題を書きました。昨日の日記でもよかったんだけれど。